2023年4月12日
— ご出身は呉市だそうですね。 「目の前の海をタンカーや護衛艦が通るのが見える環境で育ちました。叔父にヨットに乗せてもらい江田島に行ったり、父や祖父など親族の多く…続き
2023年2月28日
— 造船業を志望された理由は。 「高校生のときに、大きくて動くものを作りたいと思い、大学で造船学科に進学しました。就職時は造船不況で、先生からは自動車産業を勧めら…続き
2023年2月13日
― 入社の経緯は。 「地元を出て東京の大学に通っていましたが、4年生のときに、帰ってきて手伝えと言われました。父は先代の兄弟の中で五男だったこともあり、私自身は家業という気持…続き
2022年10月5日
― 異業種から造船業に入られたと聞いています。 「新卒で入社した自動車業界に20年近くいたのですが、広島県が県内の中小企業の活性化のために多彩な人材を誘致するプロジェクトを実…続き
2022年6月28日
― 造船所に入社したきっかけは。 「もともと船と関連のない業種の企業で営業をしていて、営業先として北日本造船に出入りしていた時に声をかけて頂き、北日本造船に27歳の時に入社し…続き
2022年4月6日
― 川崎重工に入社したきっかけは。 「もともとプラント志望でした。砂漠のような場所に巨大なプラントを建設するのは夢がある仕事だなと思い重工系の会社を受けて、縁あって川重に入社…続き
2022年4月1日
― 造船所に入社した経緯は。 「もともと製造業に携わりたいという思いがあり、就職雑誌の造船所の欄にタンカーの写真が載っているのを見て、造船業が良いなと直感的に思いました。船造…続き
2021年5月6日
― 商船大学から三井造船への入社ですね。 「ええ。高校生の頃に司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで、大きな船に乗ってみたいと思ったのが商船大を志望するきっかけでした。ただ航海実…続き
2021年2月16日
生まれも育ちも尾道。父は漁師で、自宅の目の前が造船所と、海と船に囲まれて育った。東京商船大学(現・東京海洋大学)の航海科に進学し、就職に際して、地元で船や海に関係のある仕事を求め…続き
2020年6月26日
― 造船業を志望した理由は。 「縁あって、この業界に入りました。出身が山口県下松市で、地元には笠戸船渠(現新笠戸ドック)もあり、造船は身近でした。広島大学では三菱重工下関出身…続き
2020年4月2日
― 造船を志望された経緯は。 「学生時代はヨットのクラブ活動に夢中で、就職のことはほとんど考えていませんでした。機械学科出身で大きなものを造りたいと思っていたので、第一希望が…続き
2020年1月28日
― 家業の後を継ぐ意識はいつ頃からありましたか。 「小さい頃から言われ続けていましたが、どちらかといえば家を出たいと思っていました(笑)。大学での専攻も造船関連ではなく文系で…続き
2015年8月26日
― 今年1月に社長に就任されました。 「社長を拝命して、7カ月が過ぎました。大島造船で常勤で働くのはこれが2回目です。前回は1992~96年で、現場の溶接から設計、工作、管理…続き
2013年7月5日
―― 九州大学造船科のご出身ですね。 「ええ。母の実家が九大のすぐ側の箱崎(福岡市)という土地で下宿屋をやっていて、九大生が住んでいたので、子供の頃から九大は身近な存在でした…続き
2013年7月4日
―― ご出身は神戸ですか。 「生まれたのは広島で、3歳くらいからずっと神戸です」 ―― 造船業を志望した理由は。 「大きいものを造りたかったというのがあります。造船屋…続き
2011年8月23日
―― 佐世保市で生まれ育ったそうですね。 「ええ。小学生のときにSSK(佐世保重工)を社会科見学したこともありましたし、昭和37年に当時世界最大のタンカー“日章丸…続き
2011年6月29日
―― 三井造船の入社の理由は。 「真面目な理由としては、海洋開発という切り口で会社を訪問していたんですが、当時の三井造船には“三菱は空へ、三井は海へ”…続き
2009年8月13日
—— 三井造船への志望の動機は。 「昔からモノをつくりたいと漠然と思ってましてね。大きいモノがつくりたくて造船学科に入りました。銀行で働いている兄貴から…続き
2009年7月23日
—— 造船を志望した理由は。 「もともと土木志望でした。形がずっと残る仕事がいいなと思って。造船なら土木と似たようなものかなと思って横浜国立大の造船科に…続き
2009年7月16日
—— 造船所への入社の動機は。 「造船学科卒ですが、当時の九大造船科の学生は皆、私と同様に海と船が好きで、船を造ったり設計したいという気持ちが大前提だっ…続き