2026年6月8日無料公開記事
ケミカル船投資軸にリバランス
飯野海運・大谷祐介社長インタビュー
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ケミカル船事業を「差別化できる分野」と話す大谷社長
飯野海運の大谷祐介社長は本紙インタビューで、2026年度からの新中期経営計画で掲げた事業ポートフォリオのリバランスについて、外航ガス船にも引き続き注力するほか、主力のケミカル船の船隊整備を積極的に進める考えを示した。ケミカル船事業について「当社が市場で認知されており、かつ差別化できる分野だ」と述べ、前中計で安定収益分野への投資が進んだことを踏まえ、新中計では主力事業であるケミカル船の競争力維持に向けて重点的に資金を振り向ける。2026年度業績については、中東情勢の行方が最大の焦点になるとの見方を示した。
■中東影響、ケミカル船で重荷
― 2025年度決算についての評価を伺いたい。
「ケミカル船事業の採算悪化が減益の主因となった。前中計の3年間では数値目標は総じて達成したものの、利益水準は右肩下がりとなった。特に前中計最終年度の終盤に中東情勢が緊迫化したことで第4四半期の業績が下押しされた。中国景気の低迷も影響した。一方、その他の事業は濃淡がありながらも、貨物船は想定以上に堅調に推移し、ガス船も一時的に不安定な局面はあったが総じて安定稼働した。為替は24年度と比べると円高に推移し、多少の減益要因となった」
― 今期の業績見通しは。
「最大の焦点は中東情勢の行方だ。直近の業績見通しは、6月中にホルムズ海峡の往来が再開され、8月頃までに物流が段階的に通常化する前提で策定した。ただ、もともと中国景気の弱さからケミカル製品の荷動きは鈍く、計画段階でも25年度比での減益を見込んでいた。そこに中東情勢の悪化が重なり、業績見通しを一段と慎重に見ざるを得なくなった。純利益段階ではVLCC1隻の売却益が大きく寄与するため一定の利益水準は確保できるが、これを除いた実力ベースでは25年度の半分程度まで落ち込む可能性もある。中東情勢が長期化すれば、さらに業績の下押し要因となる」
「影響が最も大きいのはケミカル船だ。中東航路の商売がすべて消失するわけではないものの、代替貨物を安定的に確保することは容易ではない。現在は、中東航路に投入していた船を米国、南米、アジアなどに振り向けて貨物を確保しているが、予断を許さない」
「米国や南米で積んだ貨物も最終的にアジアへ向かうケースが多く、アジアに船腹が滞留しやすい。本来であれば、アジアから中東へ戻り、そこから次の航海につなげる循環を組めるが、現在はそれが難しい。アジアで貨物が出れば取り合いとなり、運賃には下押し圧力がかかる」
「ケミカル船は往航と復航の貨物を組み合わせて採算を確保するビジネスだ。現在は遠方からの調達で航海距離は伸びているが、復航貨物を確保しにくく、往航の運賃上昇だけでは航海全体の採算改善につながりにくい。さらに、石油やナフサなどの原料不足でプラントの稼働が止まれば、輸送需要そのものが減少する。航海距離が伸びても輸送量が減れば、事業環境は一段と厳しくなる。中東情勢が長期化すれば相当な影響が出る」
「オイルやガスでは供給ソースの多角化が進むものの、中東出しの貨物を全量代替できるわけではない。大型LPG船(VLGC)は米国出し貨物が増え、パナマ運河の混雑もあって喜望峰経由の迂回が増加し、市況は上昇している。その一方で、当社VLGCについては、運賃市況連動契約船を固定の中長期契約に切り替えた。VLGCは2027~28年にかけてアンモニア輸送を想定していた新造船が大量竣工する見通しだが、現時点で新たなアンモニア輸送需要は生じておらず、これらの船がLPG輸送に流入すればVLGC市況が大きく下落すると判断したためだ。その想定は変わらないが、今回の中東情勢で市況は予想より上振れする可能性がある」
「貨物船は市況が好調で期待している。不動産事業では、イイノホールが大規模改修に伴い、7月から来年3月頃まで不稼働となる。この費用増と収入減により、収益は押し下げられる見込みだ」
■資本効率向上へ
― 2026~30年度の5カ年のグループ中期経営計画「Transformation for a Sustainable Future」を発表し、今期からの5年を「変革期間」と位置付けた。
「前中計では、財務体質の強化や事業ポートフォリオの安定性向上で成果があった。一方、昨今は新造船の納期が長期化しており、利益が積み上がっても船舶投資にすぐ振り向けにくい状況が続いている。資産規模が拡大する中で、資本効率を一段と高めることが課題となった。成長投資への資金活用が進まなければ、資産効率の低下や株主還元への要請につながるため、資本効率を重視した経営への変革が必要になる」
「事業ポートフォリオのリバランスも課題となる。前中計では安定・成熟事業への投資が進んだ一方で、船価高や次世代燃料の見極めの難しさから、主力事業であるケミカル船への成長投資が思うように進まなかった。新中計ではこのバランスを見直し、投資が不足した分野に資金を振り向ける。船隊が老朽化すればコストが増え、退役が進めば事業継続にも影響する。船価は高く採算は厳しいが、今発注しなければ2030年以降の収益基盤をつくることができない。2000億円の投資枠の中では、ケミカル船を最重点分野とし、外航ガス船にも引き続き注力する」
「当社のポートフォリオは100年以上の歴史の中で形づくられたものだ。当社の規模では、このポートフォリオを維持しながら、各分野の隻数を調整していくことが重要だ」
― ケミカル船の船隊整備の方針は。
「ケミカル船は、当社が市場で認知されており、かつ差別化できる分野だ。本来は拡大すべき事業であり、船は大型化しているが、隻数は以前より減少している。どの水準まで戻すかは今後の判断だが、縮小する考えはない。ケミカル船の次世代燃料はメタノールの可能性が高い。LNGも選択肢ではあるが、タンク搭載のコストやスペース面の制約が大きい。当社はLPGやエタンの二元燃料船を保有しているが、これらは貨物を燃料として使用するので経済効率が高い。ケミカル船の場合、二元燃料ならメタノールが現実的だ。ネットゼロ燃料の供給時期は見通せないが、まずは燃費効率の高い船を整備していく」
― 新中計では、周辺領域への参入も掲げた。
「2050年からバックキャストすると、現在と同じ船隊や体制を維持できるとは限らない。自力だけで現在の事業を続けることが難しくなる可能性もある。協業やM&Aを含め、会社を維持・拡大するための選択肢を見ていく必要がある。また、マーケットに左右される会社であり続けることにも課題がある。顧客側に入り込み、自社の貨物やマーケットを一定程度コントロールできる立場に近づくことが重要だと考えている。新中計では戦略投資400億円の枠を設け、アライアンス等での既存事業の拡張や既存事業とシナジーのある新規領域に参入し、収益基盤を拡充していくことを計画している」
― 不動産事業の位置づけは。
「従来は海運業と不動産業を軸とする経営を『IINO MODEL』と称してきたが、投資家からはコングロマリット・ディスカウントと見られやすい。特に不動産の含み益については、売却して成長投資や株主還元に回すべきだとの意見もある。一方、当社は海運市況が悪化した際に不動産事業が会社を支えると考えている。今後は単に保有するだけでなく、1つの事業ポートフォリオとして収益力を高める。含み益を活用した資金調達や成長投資への振り向け、必要に応じた資産の入れ替えも選択肢とし、協業も含めて広がりのある戦略を探る」
「新規物件は国内外を問わず、有望なものがあれば検討する。ただ、国内、とりわけ都心は価格が高く、採算が合いにくい。海外のほうが取り組みやすい可能性はある」
― 新中計では脱炭素化戦略も柱となる。
「国際海事機関(IMO)の規制が世界共通のルールとして定まらなければ、顧客に運賃負担を求める説得力を持ちにくい。拘束力がなければ、環境対応は競争力の問題になってしまう。ネットゼロを目指す上では大きな足かせだ。その中でも、できることから取り組んでいく。二元燃料船については、早い段階で各種技術やエンジンを扱い、ノウハウを蓄積したい。船員が将来対応できるようにする意味でも、一定の導入は必要だ」
「ただし、造船やエンジン技術は進展している一方、燃料供給側が追いついておらず、ネットゼロ燃料がいつ十分に供給されるかは見通しにくい。船だけが先行投資しても、使える燃料がなければ宝の持ち腐れとなる点は懸念している」
「造船所との関係では船台確保と船価が大きな課題だ。ガス船、ケミカル船とも船台は国内外で不足している。ケミカル船は中国建造も検討はしているが、価格差は大きくない。日本で建造する船と同等のものを造るには技術面の課題もあり、現時点では国内建造が有力だと考える」
― 新中計の3つの戦略を支える事業基盤戦略の取り組みは。
「各戦略を進める上では、人材面の強化も重要になる。重点分野に人員を厚く配置していきたいが、人材が潤沢にいるわけではない。エンゲージメント向上に向け、人事制度を含めた人に関する仕組みも見直していく必要がある」
■米国拠点を強化
― 海外拠点の運営方針は。
「米国拠点を強化したい。ケミカル船を中心に米国関連貨物があり、南米発の輸送も増えている。こうした貨物動向に対応する営業体制が必要だ。拠点としてはヒューストンが有力で、現在も2人を配置している」
「一方、海外拠点の拡充にはビザや現地採用の課題がある。シンガポールでもビザ取得は難しくなっており、ローカル人材の比率が高まっている。ドバイは維持するが、適正な人員規模は検討が必要だ。ロンドンはガス関連業務の比重が高い」
「以前は各拠点に幅広い業務に対応できる駐在員を置いていたが、現在は拠点ごとに業務の専門性が高まっている。1カ所に機能を集中させることはリスクになる。船隊と同様、人員配置でも分散を意識する必要がある」
(聞き手:中村直樹、日下部佳子、横川ちひろ)